01.小学館の図鑑づくり

伝統の学習図鑑を刷新し、“NEO”な図鑑へ

-小学館は学習図鑑を発行している数少ない出版社ですよね。

はい。図鑑を編集し続けてきた長い歴史があります。1956年に刊行された通称“赤い図鑑”の『小学館の学習図鑑』シリーズに始まり、71年には判型やイラストが新しくなった“黄色い図鑑”の『小学館の学習百科図鑑』シリーズがスタート。このように形を変えながら、小学館の図鑑は日本の子どもたちから愛され続けてきました。ちなみに私は“黄色い図鑑”の世代です。

坂野

私も子どもの頃はお世話になりました。いまは自分の子どもたちが『小学館の図鑑NEO』で覚えた虫を外で見つけて、自慢気に教えてくれています(笑)。

- “黄色い”『小学館の学習百科図鑑』の後継シリーズとして、表紙や背の色を白ベースに変えた『小学館の図鑑NEO』シリーズが2002年から始まったと伺っています。

※以下NEOに表記略

NEOの時代に入ると、イラストの表現方法がより写実的に進化するとともに、写真による紹介も増えました。定番の『植物』や『昆虫』から最新刊の『イモムシとケムシ』まで、現在23巻が出ています。私はNEOシリーズの『動物』『鳥』『危険生物』の他に、『まどあけずかん』などを担当しています。

-図鑑づくりはどうやって進んでいくのでしょうか。

テーマやコンセプトを決めたら、監修者や執筆者の先生と構成を協議し、原稿を依頼していきます。『危険生物』の場合、監修者と執筆者は総勢15名でした。写真を探し、イラストを発注し、レイアウトを進めます。通常、これらの作業を2〜3年かけて行っています。

-2~3年!? それほど長い時間をかけてつくっていくものなのですね。

植物の図鑑
❶1956年に創刊された『学習図鑑』シリーズ。全28巻が刊行され、日本の学習図鑑の先駆けともいわれる。❷『学習図鑑』シリーズのリニューアル版として創刊された『新学習図鑑』シリーズ。❸1971年の創刊以来、30年近く出版された『学習百科図鑑』。同シリーズ『植物の図鑑』は重版70刷、累計200万部を数えた。❹2002年に創刊、全23巻累計900万部を突破したNEO(2018年12月現在)。

図鑑づくりの連携

-制作局とマーケティング局は、どの段階から関わり始めるのでしょうか。

企画段階から双方に相談します。制作局にはまず図鑑のページ数、DVDを付けるなどの仕様を伝え、類書の販売実績を元にした想定部数でのコストの相談をします。

坂野

初版で何部つくって何割売れると黒字になるのかという、いわゆる原価計算ですね。採算ベースに乗るかどうか計算をして編集部に戻し、その結果を判断してもらいます。想定部数は編集部が事前にマーケティング局とも相談しているので、関連部署で共通の情報を把握しながら進めていきます。

-編集者がどんな図鑑をつくろうとしているかを、制作局やマーケティング局で共有しながら、ものづくりと宣伝、販売について同時に考えていくのですね。

島田

マーケティング局は宣伝部門と販売部門があります。私は宣伝担当で、販売担当は部数の決定や販売会社・小売店の窓口を担っています。販売と宣伝の各担当が、編集と新刊発売の約10か月前から定期的に会議を行い、発売日をいつにするか、書店店頭展開内容・テレビCM・新聞・Webなど宣伝のマーケティング戦略を決めていきます。

最適な販売時期や宣伝のタイミングに関するご提案は、とてもありがたいです。

-3年という長い制作期間ですが、サボれないようにそこで締切が与えられるわけですね。

そうですね(笑)。

島田

小学生の自由研究の参考にもなりますので、毎年夏休み前が発売日に設定されています。それに向け、発売4か月前頃から発売予告のリーフレットづくりでバタバタと動き始めます。限りなく本番に近いダミーの素材で、まずは「号外」のようにつくっていきますね。

図鑑づくりのきっかけと仕込みの大切さ

-根本さんが担当された『危険生物』は、最近出てきた図鑑のテーマですね。

小学生の娘の友だちが、毛虫を触ってひどい皮膚炎を起こしたことがありました。チャドクガの毛虫が原因だったのですが、通学路や校庭でよく見かけるツバキやサザンカにひそんでいるのです。そうした身近な生き物の危険性を教えてくれる図鑑がないなあ、と思い至ったのです。

-なるほど、生活の身近な体験から発想されたのですね。

そうです。『危険生物』というタイトルは他社の図鑑でもありますが、「どんなケガを負ってしまったのか」といったリアルな体験談や症例写真、そしてその危険への予防策と応急処置を具体的に教えてくれる図鑑はありませんでした。身近な危険生物について家族と話したり、実例を調べたりしていく内に、危険生物から身を守る情報が中心の学習図鑑をつくってみたくなったのです。

生物の生態的な特徴をフラットに解説する一般的な図鑑と違い、「ヒトに対する危険」という視点にしぼることで、自分にも起こり得るという実感を引き出したところがNEO『危険生物』の人気の理由。
野生動物がもっている武器や能力を前面に出した迫力ある写真が選ばれている。動物園ではめったに出会えない姿が見られるのも、テーマ性のある図鑑ならでは。
イモガイの仲間「アンボイナ」の貝殻を手にする根本。資料だけでは見えてこない実物ならではの情報が見えてくる。

-小さな子どもでもイメージがしやすく、より身近に実感できるように、ということですね。

子どもって自分が興味をもてないものはまず読まないですね。だから、危険に遭遇する場面を子どもたちが想像しやすいようにしました。たとえば「日本」と「海外」で危険生物を分けて構成したのもそのためです。日常生活にひそんでいるのか、海外旅行先で気をつけるべきなのかによって、注意して欲しいポイントは異なりますから。

-『危険生物』もやはり完成までに3年近くかかっているのですか?

丸3年かかりました。地球上の危険生物を「日本と海外」、「陸と海」、そして「危険の種類」でも分類してみるという新しい切り口なので、まずは危険生物の危険性についてあらゆる情報を盛りこんだリストをつくるだけで約1年。750種にしぼり、構成を考え、写真素材などを集めることで約1年。素材の目処が立つと、ようやく本物のサイズで見開きのページラフをつくって正式に上司に相談します。企画が通ったあと、本格的なデザインと校正を1年かけて行いました。