『アオアシ』編集・宣伝・販売担当者座談会
コミックスシリーズ累計1600万部突破!
『アオアシ』の歴代担当編集と
宣伝・販売担当者が大ヒット作の秘話を語り合う。
対談メンバー
チーム『アオアシ』の皆さん
K.O
第三コミック局
ビッグコミックオリジナル
副編集長
1997年入社
Y.K
マーケティング局
コミックSP室
2017年入社
S.K
第三コミック局
ビッグコミックスピリッツ
デスク
2020年入社
K.K
マーケティング局
コミックSP室
2018年入社
『週刊ビッグコミックスピリッツ』に連載中の『アオアシ』(作者・小林有吾)は
Jユースを舞台にしたサッカーまんがで既刊のコミックシリーズ累計1600万部突破(2022年11月1日現在)。
サッカーを一途に愛する愛媛のサッカー少年・青井葦人(アオイ・アシト)が
Jリーグ「東京シティ・エスペリオン」ユースチーム監督の福田達也に見出され、
セレクションを経てユース生となって、夢に向かってまっすぐ奮闘する物語です。
はじめにそれぞれの担当と“推し”を教えてください。
『アオアシ』の企画を発案し、立ち上げをした担当編集です。現在は『ビッグコミックオリジナル』副編集長です。私は年齢が近いこともあって、福田監督が特に魅力的だと感じます。
K・Oさんと共に、サブ担当として『アオアシ』の立ち上げから参加しました。K・Oさんの異動後は私が担当としてやっています。推しはベタですが、やっぱり主人公のアシトが好きです!
花ちゃん(福田監督の義理の妹・一条花)ですね!
花はアシトや大友(アシトと共にセレクションで入団したユース仲間・大友栄作)と並んで、読者の皆さんからの人気も高いんです。『アオアシ』の宣伝を担当しています。
僕は販売担当で、S・Kさんと同じくアシトが推しです。仲間想いでまわりの人を大切にする姿や、自身が人生の「主人公」として輝いている姿に心打たれます。誰もがアシトのようには輝けないかもしれないけれど、あんなふうになれたらいいなと憧れも含めて大好きです。
アシト推しのS・KさんとK・Kさんは
クリンクリンの髪型になんとなくアシトの雰囲気も……
そうなんです、アシトを意識しています(笑)。
『アオアシ』は大学生の頃から読んでいてファンだったんです。入社前からずっとアオアシ愛をアピールしていましたが、まさか販売としてかかわれる日がくるなんて。想いをもって、言葉にすることで夢に近づけるんだと実感しました。
たまーにですけれど……、アシトに似ていると言っていただけることがあります(照れ笑い)。
作中で“モジャモジャ君”などと言われるアシトの髪型ですが、最初からあのスタイルにしようと決まっていたわけではないんです。構想段階としては当初、主人公の候補には遊馬(エスペリオンのジュニアからユースへ昇格したエリート・本木遊馬)が挙がっていたのですが、打ち合わせの結果、最終的に「(クリンクリンした)個性的な髪型の主人公も面白いんじゃない?」って。
『アオアシ』はどのようにして生まれたのでしょうか
企画として動き出したのは、連載が始まる2015年の2年前。もともと私はスポーツまんがが好きでした。また、野球やサッカーといったメジャースポーツを扱う作品はヒット作になる可能性が高い。そこで『スピリッツ』の新たな柱となるサッカーまんがをつくりたいと、考えました。
とはいえ『キャプテン翼』(集英社)など、サッカーまんがには名作が多い。この時代に生まれる作品としての切り口を模索する中で「高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグ」の存在を知ったんです。
高校のサッカー部とクラブのユースチームが対決する公式戦ですね
「高校の部活とクラブチームが戦うんだ、めずらしいな」と注目したのがきっかけです。そこでプロチームが運営するユースチームとはなんだろうと興味が芽生え、取材を始めたところヨーロッパではすでに盛んに行われている「育成」というキーワードが出てきたんです。育成=ユースは日本が海外と互角に戦うために必要な、これからの日本のサッカーのスキルアップに繋がる大切な取り組みなのだ、と。これは読者へ届ける意義のある、今日的テーマだなと感じました。
ではどなたに描いていただくかという段階で、当時『月刊!スピリッツ』で読切作品の準備をしていた小林先生の作品が目に留まったんです。過去作を読んだら料理を題材としているのにスポーツまんがのような躍動感があって、非常に緻密に取材されていることも伝わってきた。そこで「一緒に取材をして面白い人間ドラマをつくりたい」と、オファーしました。
サブ担当にS・Kさんをつけた理由は
当時の編集長より「新連載の立ち上げを経験することがまんがの編集の勉強になるので、取材や打ち合わせへ一緒に連れて行ってほしい」と、編集経験が浅かったS・Kのことを編集者教育の一環として頼まれたんです。
小林先生を含めて3人で取材に出かけましたが、本格的な取材もプロのスポーツ選手にお話を聞くことも初めて。こういう世界があるのかと、夢中になって走り回った記憶があります。スポーツまんがはその競技に詳しい編集者が担当するとイメージされるかもしれませんが、自分はサッカーについては素人で知識もなかった。ひたすら試合を観て、本を読んで勉強して、疑問点を専門のライターさんに質問しながら、取材に食らいついていました。
実際にお会いして話をうかがう、電話、メール、クラブチームを見学するなど、取材の手法にもいろいろあります。連載の立ち上げ前にはかなり取材を重ねましたし、今も引き続き、担当編集として取材で情報収集をする日々です。
そもそも企画の発端は、連載立ち上げ前に同僚と20人規模で日本代表戦を観戦していたときのこと。詳しい戦術はわからないし、コアな戦況トークには参加できない。それでも代表戦は関心をもって観戦していました。世の中にはそうしたライトなサッカーファンも多いのではと考えて、読みながら楽しく戦術を学べる作品を目指したんです。
おかげさまで、戦術が詳しく描かれた『アオアシ』を読むとサッカーがうまくなる、という感想もよくいただくようになりました。
『アオアシ』では主人公が最前線で得点を狙うFW(フォワード)
ではなく、
守備陣であるSB(サイドバック)のポジションで世界を目指すのがユニークです
これも取材でヒントを見つけました。「育成」と同じくアシトの成長物語にも『アオアシ』ならではの切り口がほしいと思っていたところ、「これからの日本のサッカーの発展にはSBが非常に重要なポジションになってくる」と、教えていただいたんです。DFながら非常に広くピッチを見渡す必要があり、重要な局面では攻撃にも参加する――それがSBの役目だと。
ただ、物語のスタートからSBではとっつきにくいかなという懸念はありました。その中でFWからSBへ転向する例もあると知って、アシトがFWからSBとして覚醒する過程や人間ドラマも描いていこうと、構想が進んでいったんです。
取材ではアシトと同じくSBの元日本代表、内田篤人さんの思考も印象に残っています。
日本代表を経験した方でないと語れない境地、言葉というものをよく感じるのですが、内田さんがまさにその1人。対談を通じて、小林先生もその考え方にとても感動されていました。作品の中でもかなり生きています。
個人的に影響を受けた言葉もありましたか
あります! 『アオアシ ジュニア版』でも大変お世話になっている、元日本代表の中村憲剛さんの言葉です。実際には中村さんとプレー経験のある現日本代表の板倉滉選手にうかがった、「自分にベクトルを向けろ」という言葉。板倉選手が思うように試合に出られずに気持ちが腐っているとき、中村さんからかけられたひとことだそうです。
うまくいかないときには監督が悪い、環境が悪いと、何かのせいにしたくなる。けれども、自分がいま試合で使われないのは自分自身に原因があるんだ。だから自分にベクトルを向けて、目を逸らすなと。「その言葉で奮起して一生懸命練習して、日本代表になんとか辿り着きました」と、お話をしてくれました。それを聞いて、「あぁ、自分もうまくいかないときに腐って、責任転嫁してしまうことがあるなぁ」と反省して。仕事に向き合う意識が変わりました。
アシトがまさに自分にベクトルを向けて、現実から目を逸らさない。そこがしびれるんですよね。僕やY・Kさんは入社前からファンでしたし、『アオアシ』に携わるメンバーは作品愛がとても強いんです。販売は新刊や重版の部数を決める立場なので、『スピリッツ』としても小学館としても大切な『アオアシ』で絶対に失敗はできない。担当するプレッシャーはとても大きいです。
宣伝担当として、世の中に『アオアシ』をアピールした先に重版が決まると本当にやりがいがあります。宣伝の仕事はよく「投資」に喩えられるんです。売れ出している注目作を推して部数を2倍、3倍に育てる仕事だと思います。
僕は15巻あたりで『アオアシ』の宣伝担当を引き継ぎましたが、新刊が出るたびに毎回初版が少しずつ伸びていたんです。そこまで巻数が出ていてそんな伸びかたをする作品はめずらしいこともあり、積極的に企画を提案しました。僕は人間ドラマが『アオアシ』の最大の魅力だと感じているので、カッコよさではなく、情緒に訴える宣伝を貫いています。
重版については自分の予測が甘かったという見方もできますが、自分たちが想像した以上に反響があったとも考えられる。
書店さんの売り場をはじめ、さまざまな間口からまだ見ぬ読者へ作品を届けていくのが販売の役割なので、たくさんの読者へ届けられる重版はこのうえない喜びです。
販売担当のY・Kさんとは普段からどうやったらファンに喜んでいただけるか話しますが、特に緊張するのは新刊発売のタイミング。編集部とイラストを選んで書店さん用の宣伝物をY・Kさんにつくってもらうなど、“チーム・アオアシ”として各担当が協力しあって準備をします。
アニメ化(2022年4~9月にNHK Eテレで放送)のタイミングも緊張しました。
宣伝の効果が出ずにもしもアニメ放送後の売れ行きに勢いが出なかったら、重版分がすべて在庫になってしまう。チームの夢だったアニメ化が叶った歓喜と引き替えに、とんでもないプレッシャーが押し寄せました。
先月、最新刊(30巻)が発売されたばかりです
30巻では販促用グッズにキャラクターのシールを準備しました。人気のアシト、花、大友を含めた6種類。遊馬や朝利(ジュニアから昇格組の金髪イケメンSB・朝利マーチス淳)はTVアニメが放送されて人気が出たので、さっそくラインナップに加えました。
サッカーW杯カタール大会が近いこともあったので、応援ムードを盛り上げるデザインになっています。
アニメ化されたことで、小学生などお子様の読者も増えたので、シールをつくろうかという流れになったんです。Y・Kさんが耐水性の素材でつくろうと提案してくれました。
アオアシファンのサッカー少年が練習に行くときのエナメルバッグに貼れるように。
そうした未来まで、シールのストーリーとして想像を巡らせました。
大人でもスマホのクリアケースに入れたりして楽しめるよう、シールは型抜きできるようにもなっています。
ちなみに今私たちが着ているのは、19巻の特装版に付けたエスペリオンのユニフォームです。
販売の皆さんと協力してできあがって、かっこいいなと気に入って日々着ています。着やすさのあまり、パジャマにすることも(笑)。
実は最近、近所のスーパーへ行こうとしたらこのTシャツを着ている人を偶然に見かけてビックリ。身近にいる見ず知らずの人が作品に興味をもってくれていて、胸が熱くなりました。
僕は京王線の電車内でFC東京のサポーターにまぎれて、このTシャツを着ている人に出会いました。“柏レイソルとの試合でもないのに、黄色いユニフォームが混じってるぞ”って(笑)。
そうやって読者層がどんどん広がっていったら幸せだなぁと思います。
まんが編集の仕事は「農作業」に喩えられ、種を蒔いて立派な木に育つまで長い時間がかかるものなんです。
『アオアシ』はおかげさまで8年を迎えて、アニメ化まで達成できました。
そして、先日発表しましたが、ヴィッセル神戸のアンドレス・イエニスタ選手、セルティック(スコットランド・プレミアリーグ)の古橋亨梧選手といった、Jリーグや海外のクラブチームで活躍されている世界的プレーヤーとそれぞれコラボできることにもなったんです!
これも作品がしっかりと根を張れたことで、大きな実がなったのだと思います。
アオアシの実は果物でいうなら……。
みかんですよ、みかん!
アシトは愛媛出身ですしね!
小林先生も故郷の愛媛で執筆されていますし!
漫画家さんは日頃から地道でつらい作業を通じて常に作品と誠実に、真摯に向き合われている。
先輩から教えられた心得ですが、編集者として作家さんに寄り添って一緒に走って行ける「伴走者」でありたいと考えています。
初めて担当した『アオアシ』を通じて学んだことは「まっすぐにぶつかっていく」大切さです。先生との打ち合わせでも、社内での他部署との連携でも、初めは新入社員としてうまくできないことやわからないことが多々あると思います。
でもそこで逃げずに、愚直でもまっすぐにぶつかっていける人が向いている。うまくいかないときこそ、「自分にベクトルを向けろ」の精神で踏み出すことです。
いろんなタイプの作家さんがいらっしゃるので、人とコミュニケーションを取ることが好きな方は編集者に向いています。また、まんがの題材は広いので、未知の題材でも好奇心旺盛に探求していける方が望ましいと思います。
宣伝、販売ではどんな人材が求められますか?
宣伝としては担当する作品をリスペクトして、どれだけ愛せるか。最終的に踏ん張れるかは、純粋なその気持ちじゃないかと思います。まんがであれば全巻読み込んで、折に触れて読み返します。
コラボ企画など他社の方と仕事する機会も多いですし、作品について質問をいただいたときに担当として知識が不足していることはありえない。どんな問いにも的確に返せるよう、作品を把握する努力は不可欠かと思います。
販売の経験上、自分にはそれほど響かなかった作品がとてもヒットするケースは少なくありません。自分の「好き」がちゃんと言えて、他の人の「好き」も察知して吸収できる。両方の視野をもって行動できる方がいいと思います。
今、どんな出版社でどんな作品を展開しているのか。書店さん巡りなど、市場を知るフィールドワークを楽しめる方が向いています。
アニメ化を記念して制作したステッカー
“チーム・アオアシ”として今後の夢は
サッカー選手に取材をすると、20代後半から30代の世代は「『キャプテン翼』を読んでサッカーをしていた」という話がよく出てくるんです。近い将来、「『アオアシ』を読んでサッカーをして日本代表になりました!」と語る選手が増えてくれることを願っています。