『大ピンチずかん』担当者座談会
児童書部門で売り上げ№1となった「大ピンチずかん」シリーズ。
ベストセラーへの道のりは“大ピンチ”だらけ!?
100万部を達成した絵本の舞台裏を語り合う。
※本記事の内容(巻数、部数など)は取材当時のものです。
対談メンバー
チーム『大ピンチずかん』の皆さん
M.S
第二児童学習局
児童創作
編集長
1997年入社(経験者採用)
K.S
マーケティング局
書籍事業室
副課長
2005年入社
S.R
マーケティング局
書籍事業室
2022年入社
T.K
制作局
制作二課
2020年入社
大ピンチずかん
累計188万部(2024年12月現在)を突破し、絵本賞など12冠を達成した絵本「大ピンチずかん」シリーズ(作:鈴木のりたけ)。これまで『大ピンチずかん』『大ピンチずかん2』の2巻が発売され、2023年年間ベストセラー(※1)第1位を『大ピンチずかん』が獲得し2024年も年間ベストセラー児童書部門(※2)で第1位『大ピンチずかん2』第2位『大ピンチずかん』と上位を独占しました。日常で遭遇するさまざまな「大ピンチ」が子ども目線でユーモアたっぷりに描かれ、読者から“あるある!”と大きな共感を呼んでいます。
- ※1 トーハン・日販調べ
- ※2 日販調べ
『大ピンチずかん』は第1作が2022年2月、第2作『大ピンチずかん2』が2023年11月に発売されました。担当としていつから、どのように携わっていますか?
編集担当です。のりたけさんとの仕事は4冊目だったので、次はどういう作品にしようかというざっくばらんな打ち合わせから始まりました。その中でのりたけさんの「次男が牛乳をこぼして固まっている姿を見た」というエピソードやそれ以外の日々のピンチも常に記録しているということも判明し、それは面白いと盛り上がりました。幼い子どもにとって牛乳をこぼしてしまったら、大ピンチ。のりたけさんが目にした、その時のお子さんの姿が『大ピンチずかん』の表紙にもなっています。最初のラフ(構成案)が届いたのが2021年6月で、絵本をつくる実質的な作業はそこからスタートしています。
制作局の仕事は主に原価計算と生産スケジュールの管理です。最初に原価計算をしたのが2021年7月なので、編集担当と同じくほぼスタート時から関わってきました。
2022年6月から宣伝を担当しています。新入社員としてマーケティング局へ仮配属されて、その初日から『大ピンチずかん』に携わっています。
4刷が決まった、3万部突破目前くらいの時期ですね。
はい。入社して初めてつくった広告も『大ピンチずかん』で、そのときはさらに1刷重ねていて、新聞広告に5刷と書いた記憶があります。その後こんなに高頻度で重版されて刷りを重ねることになるとは……。
前任から販売担当を引き継いだのが2023年5月だったので、みるみる部数が伸びていく過程は“すごいことになっているな”と隣で眺めていました。販売は新刊や重版の部数を決める立場です。いざ担当になってみると、「この絵本はこんなロットで重版をしていくんだ!」と衝撃を受けたのを覚えています。すっかり慣れましたが、『大ピンチずかん』は桁が1つ違って、人気コミックに近いロットで重版がかかります。
宣伝と販売はどちらもマーケティング局に属しています。
同じ局内で販売と宣伝が連携し、重版のタイミングにあわせてキャンペーンをしかけるなど歩調を合わせるようにしています。宣伝は書店さんの売り場に置いていただく宣伝物やノベルティづくり、広告・CMづくり、プレスリリースを出して取材窓口となる、SNSを運営するなど、さまざまな角度から作品のPRをしています。
絵本は基本的に同じ本をじっくり売っていきます。販売期間が長いので売り場の印象がマンネリにならないような工夫が必要です。また『大ピンチずかん』のように顕著に売れ続けている絵本は、“第一線の、話題の本です”と伝え続けることが大切だと考えています。書店さんとしても、その本が売れていることも大事ですが、それ以外にも何か後押しするものがあることで売り場に置き続けたいと思ってくださるんじゃないかと思っています。ニュースがあればすぐ宣伝の担当者と共有して、戦略を練ります。2024年夏に『大ピンチずかん』が発行部数単独100万部を突破した際には、突破記念CMをSさんにつくってもらい大々的にアピール。書店さんで100万部突破フェアを開催していただく際も、絵本を買ってくださったお客様へ配布するノベルティの扇子型うちわを準備しました。
芸人のサバンナ・高橋茂雄さんが「♪100まんさつ つみかさねると ふじさん な~んと! みっつぶん!♪」と歌っているCMですね。
そうです! 富士山のアイデアも書籍事業室内で相談しました。100万部のスケールを伝えるのに、子どもがわかりやすくビックリするモチーフがあるといいと思い、Kさんはじめ、同じ部署のまわりの方に力を借りました。『大ピンチずかん』の背幅が11㎜なので、そこから計算すると“だいたい富士山3つ分だ!”と上司が発見しました。「これなら子どもにも伝わる!」とその場で皆の意見が一致し、制作会社と相談の上、この案をそのまま使わせていただきました。
100万部のすごさがイメージしやすく、歌声も耳に残ります。
テレビCMは2023年5月から今まで3本つくっていて、『大ピンチずかん』と『大ピンチずかん100万部突破篇』のCMでは高橋さん、『大ピンチずかん2』のCMではやす子さんに歌っていただきました。CMではあえて実写ではなく、鈴木先生の絵をそのままアニメーションにすることにこだわっているので、顔が見えなくても声で子どもたちがわかる有名人の方に出ていただきたいなって。絵本に興味を持つきっかけをつくるのがCMの狙いなので、まだ知らない人に『大ピンチずかん』という言葉がインプットされるよう、シリーズで歌を貫いています。近所に住む小学生が集団で♪大ピンチずかん♪と歌っているのを聴いた時はもうめちゃくちゃ、うれしくて……!
私もよくお子さんたちが歌っているのを聴きますよ。
2年ちょっとで100万部を達成した『大ピンチずかん』。発売時はどんなスタートを切りましたか。
絵本はお子さんの成長にあわせて読者が入れ替わっていくので、初めからたくさん刷ることはあまりしないんです。長く、細かく、刷りを重ねていくもの。ただ、絵本作家として実績のある鈴木先生の作品とあって、『大ピンチずかん』は初版から多めの部数で刷られています。
この絵本はラフの段階から書店さんとの新刊会議まで周りの人たちの評判も高かったんです。書店さんなどからこれは面白いと言っていただけて、その声が今までになく多かった。そこで初版からちょっと部数を増やそうかと、期待が集まりました。
その背景には、ある問題も隠れていまして。実は『大ピンチずかん』が100万部を達成する道のりでは制作上、3つの大ピンチがあったんです。そのひとつが“コズピカ・ピンチ”。『大ピンチずかん』シリーズでは表紙と裏表紙の内側にある「見返し」にめずらしい金銀紙が使われていて、1巻にはゴールドに輝く「コズピカ・モドキ」を採用。原紙に金色や銀色などの加工を施した紙で、書籍では使用頻度が高くないので受注生産なんです。よく使われる一般的な紙であれば制作局から用紙代理店さんへ発注すると翌日、長くても中2日くらいで印刷所へ納品されます。ところが「コズピカ・モドキ」は受注生産のため、発注から納品まで2~3週間かかってしまう。初版の時点で一般的な本とくらべて製造に時間がかかる本だなという印象でした。
その当時はまだ、怒涛の勢いで重版がかかるとは誰も思っていなかった(笑)。
途中から“おやおや……!?”とうれしい異変に気付きましたね。コズピカは納品まで時間がかかるので、重版のペースと足並みが揃わなくなってきたんです。打開策として、制作の資材担当が中心になってメーカーさんに在庫をストックしていただけないか提案をしました。ありがたいことにメーカーさんからご理解をいただき、2023年の秋頃にはすぐに納品できる体制を整えていただけた。
ちょうど『大ピンチずかん2』の発売を目前に控えたタイミングですね。
シリーズの販売実績が最後の後押しとなって、メーカーさんにもご了承いただけました。2巻の見返しではシルバーの「コズピカ・シロギン」を採用。重版の部数が決まったら、在庫してもらっている原紙を金か銀にすぐに加工して納品していただけるようになったんです。
メーカーさんに感謝です。この紙はキラキラしていて高級感があるので子どもたちが驚くんですよ。デザイナーさんがコズピカを選んで、のりたけさんも私もこの紙はすごくいいと気に入りました。『大ピンチずかん』は絵本ですが、タイトルに「ずかん」とあるので仕様を極力図鑑に寄せていて、本文用紙には図鑑でおなじみの塗工紙を使い、一般的な絵本よりもページ数があって分厚い。《トイレのかみがない》《イヌがすごくなめてくる》などクスっとする日常のピンチを集めた“おもしろ図鑑”だからこそ、本家の図鑑をほうふつとさせる高級感・まじめ感は欠かせない要素なんです。なのでデザインの一環として、コズピカは譲れなかった。このキラキラ感も100万部を突破した一因だと考えていて、「大ピンチずかん」シリーズにはコズピカは切っても切れない用紙となりました。
編集のその熱量が制作に火をつけた部分もあります。僕自身も途中から、他の本の重版のように作業していたらこの本の勢いに追いつかないと危機感を持った。通常制作は販売担当から重版決定の連絡を受けてから社外の印刷所さんや製本所さんと製造スケジュールの調整に入りますが、「大ピンチずかん」に関しては制作から販売担当に在庫を問い合わせるなど、早めに動くようになりました。
絶妙なタイミングに“そろそろ増刷を検討しますか?”って。
印刷所さんや製本所さんにも密な連絡を取るように心がけるようにしていたら、“「大ピンチずかん」シリーズのためだったら”と協力してくださって。ありがたいことに社外の皆さんともチーム感が生まれて、とても心強かったです。
人気絵本の第2作として、『大ピンチずかん2』発売も話題になりました。
初版をたくさん刷ったのでPRにも一層力を入れるよう、宣伝としても最大出力で臨みました。やす子さんの歌を入れたCMやYouTube用のショート動画、そしてそれらのメイキング映像を用意してテレビに売り込みをしたところ、ありがたいことに発売初日に民放各局で朝の情報番組や夜の報道番組で取り上げてくださった。その反響もあって、発売10日目にして4刷目の重版が決まりました。ホッとしたのですが、販売・制作にとっては重版が新たなピンチの到来に……(笑)。
増刷のピークは2023年12月から2024年2月へかけてで、この時期に2巻あわせて100万部刷っているんです。『大ピンチずかん2』は発売日が11月22日だったので、クリスマス商戦にかかっていたのも大きかったですね。クリスマスの前に「大ピンチずかん」シリーズを1冊でも多く売り場に揃えたいと書店さんも燃えていて、書店さんをまわる営業担当から「在庫がないので“大ピンチ”です!!」と、どれほど聞いたことか(笑)。この時期はあまりに追い込まれて、記憶も飛び飛びです。
とにかく売れるスピードが尋常ではなかった。制作のTさんが“〇日までにすべて搬入したいけれども、一括では難しいので納品を3日間に分けましょう”など、関係各所とスケジュールを細かく詰めてくれて心強かったです。欠品していても情報があれば、書店さんもお客様に説明がつきます。出版社の誠意として、販売はTさんが出してくれた重版のスケジュールをその都度できるだけ細かく、書店さんへ伝えていました。トラックの手配もあるので、配本する期日が1日でも遅れたら事故になってしまう。相当トリッキーな、並々ならぬ努力をしてくれたおかげで無事に増刷できていると感じていました。
この増刷ラッシュが2つめの“在庫が足りない大ピンチ”です。ピーク時は1巻の製本をしながら2巻を刷って、その途中でさらに1巻の重版がかかって……という調子だったので、製本現場では4~5つある工程を同時に進めて、五月雨式に製本していきました。印刷所・製本所と綿密な打ち合わせをしてスケジュールのモデル案をつくって販売担当に提案し、もうちょっと巻けないかとリクエストがあれば練り直して。「大ピンチずかん」シリーズの重版は異例尽くしでした。
特に製本所の営業さんとは、毎日顔をつきあわせて、各工程の機械の回転数まで考えながら、1日でも出来日を前倒せないか調整していました。ただ、機械を使う工程はスペックである程度のスケジュールの目処が立つのですが、工程上なかなか読めない部分もあって。
3つめの“シール帯の大ピンチ”ですね。現在は紙の帯ですが、2巻の2刷くらいまではシール帯だったんです。
シール貼りは1枚、1枚、手作業なんです。1巻だけの頃はシール貼りの人員を増やしてもらい、なんとかやりくりをしていました。ところが、2巻が発売されてクリスマス商戦に突入するとそれでも間に合わなくなってしまった。お手上げ状態になって、編集のMさんに“シール帯をやめませんか”とおそるおそる相談しました。
編集としては、シール帯もトータルで絵本のデザインが完成している。初版しか出ていないような段階でシールをやめてしまうのはどうなのだろうと、話し合いにはなりました。
絵本の世界観はもちろん守りたい。だけど、手作業ではどうしても生産スピードに限界がきてしまうんです。ただ言葉で難しいと伝えても編集は納得できないと思い、モデルスケジュールを組んでキャパオーバーであることを訴えました。ちなみにその時のスケジュール表は、“『大ピンチずかん』大ピンチバージョン”として記録が残っています(笑)。
「大ピンチずかん」シリーズのピンチは身近なものばかりで、児童書ですが、大人が読んでも楽しい絵本です。《ポケットから すなが たくさん でてきた》は子どもの頃そうだったなと懐かしくなりますし、《せんたくきの うしろに くつしたが おちた》はどの家庭でもありそうな光景です。
大人も“昔こういうことしちゃったな”“最近これやっちゃったな”と、思わず笑ってしまう。まだそれほど人生経験のない未就学児も、きょうだいを見て、“あるある”と楽しめる。家族共通の話題として、本を介して団欒の場が生まれるんです。のりたけさんもこの絵本をきっかけに家族の会話が弾むことが大切なんだと、いつもおっしゃっています。
ウチの子は紙パックのストローで絵本とまったく同じ大ピンチに陥って、親子でこれって大ピンチレベルいくつだったっけって会話しました。書店さんに見本が置いてあると、お子さんたちが何人も頭を寄せ合ってページをのぞき込み、わいわい盛り上がっている様子をよく見かけるんです。いつもうれしい気持ちで見守っています。
読者アンケートでは、この絵本と出会って子どもたちが積極的になったという声も届いています。引っ込み思案で「失敗したらどうしよう」と何もできなかった子が、失敗しても“今のは大ピンチレベル〇だね!”なんて笑っている、って。
自分を俯瞰して点数をつけている時点で大ピンチを脱していますね。面白がってピンチにちょっと強くなってる!
『大ピンチずかん』は、“大ピンチがきても理由や正体がわかれば、こわくないよ。失敗したって落ち込まなくても大丈夫だよ”と勇気が出るような、やさしいメッセージが伝わってきます。
宣伝でもその点をこの絵本の肝として、強く意識していました。私自身も心あたたまる読後感がありましたし、編集のMさんとお話する中で鈴木先生の想いも伝わってきました。世代を問わず、そのぬくもりが心の琴線に触れるから会話も弾む。メディアで扱っていただく際にも本の魅力として大事に伝えていました。
ファンの間では第3作への期待も高まっています。
大ピンチのネタはまだまだのりたけさんの中にあるので、期待していてください。お子さんが何かピンチに陥ったら、のりたけさんは今でも欠かさずスマホにメモを残しているんですよ。これまでも打ち合わせの中で大ピンチのネタに困っているという話は聞いたことがありません。
今ではお子さん自身も、ピンチがあったら自主的にスマホへ入力しに来るようになったとか(笑)。
そんな感じでリアルなネタが日々増えています。3巻でも新たな大ピンチが絵本を埋め尽くす予定です。
就活生へのメッセージをお願いします!
編集、制作、宣伝、販売……と、同じ会社でも部署が違えば視点や責任を持つ範囲も違って、仕事の哲学もそれぞれにある。各々が自分の都合を主張すれば、折り合いがつかなくなることもたくさん出てきてしまいます。『大ピンチずかん』が100万部を超えるベストセラーとなったのは“この絵本をヒットさせるぞ!”と共通のゴールへ向かって、チームとして協力し合えたから。Tさんから「こんなスケジュールは無理です」と言われたり、Sさんから「また宣伝を打つんですか」と言われたりしたことなんてないけれど、みんな水面下でさまざまな苦労をしていたと思います。自分の都合という小さな視野にとらわれず、大きな視野で同じ目的意識を持てると物事が大きく動く。相手の状況の先を想像しながら行動できると、物事が円滑にまわる。そうした意識で仕事をするといいのかなと思います。
『大ピンチずかん』の仕事で何がいちばん面白かったかといえば、僕にとっては100万部という物量をクリアできたことでした。無理難題だと思われるスケジュールに頭を抱えるのではなく、いかに効率よく現場に無理が生じないように調整していくか。そのやりくりを楽しむことで、難局を切り開くたびに達成感が得られた。“このスケジュールがうまくはまって、気持ちがいい!”といった爽快感の積み重ねで、明るく前へ進めたんです。いつまでも楽しみを見いだせなかったら、“なんで僕だけこんなに大変なんだ……”と腐っていたかもしれない。ピンチを楽しみに変えられるような人は、制作の仕事にやりがいを感じられると思います。制作を経験したおかげで造本の知識が蓄えられた。この秋に編集部に異動したのですが自分の柱として強みになると、確信しています。
絵が好きで、ものづくりをしたくて出版社へ入りましたが、自分も10年近く営業を経験してから編集になりました。配属された部署がピンとこなくても、やってみたら意外に面白かったり、知識が身についたりするもの。そして実際にその経験が次の部署で役に立つ。仕事をしながら興味がわくもの、好きなものを思いがけず発見することもあるので、配属された部署で精いっぱいやってみることです。
私は入社時、出版社に宣伝という部署があることを知りませんでした。自分は学生時代から俳優さんもアイドルもアニメもまんがも本も大好きで、広くミーハーだったんです。それで宣伝へ配属されたのかもしれませんが、飛び込んでみたら、とても楽しかった。ファンだった人とお仕事できたり、アイドルのグッズやまんがの付録のコレクションがノベルティのヒントになったり、趣味がそのまま仕事に繋がる機会も少なくない。好きなものは仕事の原動力にもなるんです。社会人になると心ゆくまでエンタメを楽しめる時間の余裕も少なくなってくるので、学生のうちは勉強もしつつ、思いっきり好きなものに没頭してほしいなと思います。