『ポケモン生態図鑑』担当者座談会
児童書部門で異例のヒットを更新中の『ポケモン生態図鑑』。
情報解禁早々予約が大爆発した書籍は、紙も仕様も進行も異例づくし。
いかに市場のニーズに応えるか、チーム一丸となって奮闘した舞台裏を語り合う。
※本記事の内容(巻数、部数など)は取材当時のものです。
対談メンバー
チーム『ポケモン生態図鑑』の皆さん
S.M
第三児童学習局
プロデューサー
1994年入社
I.A
マーケティング局
書籍事業室
2020年入社
U.Y
マーケティング局
書籍事業室
副課長
2007年入社
T.R
制作局
資材課
副課長
2008年入社
T.A
制作局
制作二課
主任
2014年入社
ポケモン生態図鑑
ポケモンたちはどのように生活するのか――。博士号をもつ著者、イラストレーターが現実世界の行動生態学などの新しい切り口でポケモンの生態を観察、分析した『ポケモン生態図鑑』。フルカラーで、300点以上の新規イラストも掲載されている。6月18日に発売されると想定以上の大ヒットとなり、大手書店の売上第一位を続々と獲得。発売から約半年で6刷80万部突破と、異例の大ヒットを記録しています。
これまでになかった視点からポケモンを紹介する『ポケモン生態図鑑』。企画はどのようにスタートしましたか?
この本の企画、構成、執筆を手がける「株式会社ポケモン」社員の米原善成さんから、もち込まれた企画です。お話がきたのは、2024年の8月くらい。「生物学になじみのある人に担当してほしい」との要望を受け、学生時代に魚の研究をしていた私が編集を担当することになりました。「ポケモンというふしぎな生き物を、現代の生物学、生態学、動物行動学の目線で分析するとどうなるのか」という企画趣旨を聞いて、わくわくしました。
米原さん、イラストを担当するきのしたちひろさんはともに東京大学大学院農学生命科学研究科を修了し、動物行動学で博士号を取得している筋金入りの研究者。2人が育んできた「伝えたいこと」をどう本に落とし込めば子どもたちが楽しんで読めるのか、なおかつ大人にも手に取ってもらえるのか。そのためにどう工夫するかを考えるのが、編集の主な作業でした。米原さん、きのしたさんとの作業では生物好き同士、ポケモンの話はもちろん、ポケモンから離れた生物の話でも大いに盛り上がりました。
“チーム・ポケモン生態図鑑”として本格的に動き出したのはいつですか?
下準備を踏まえると、制作担当としては2025年の2月半ばぐらいから動いています。A5判は書籍の定番判型ですが、『ポケモン生態図鑑』のようなカラーの本文を高速で刷れる機械となると、備えている印刷会社さんが限られます。T.Aさんと、どの印刷会社で刷ってもらうか、話し合っていました。
また、大ロットに対応するために紙の手配も必要でした。紙の生産には通常何か月もかかるため、販売担当のIさんには「3月上旬くらいまでに、販売予定のマックス部数を出せますか」と、相談していました。紙が足りないと、本がつくれなくなってしまいます。その時点ではまだ、部数を判断する材料が揃っていないことはわかっていました。心苦しくもありましたが、相談は早め、早めを常に心がけていました。
3月上旬の段階で、児童書としては異例の大きな部数を売上目標として試算しました。販売担当として別のポケモン関連の書籍を担当した経験上、ニーズが非常に高いだろうとは予想ができましたが、実際どうなるかは未知の領域でしたので……。
いつもとは桁が違い、すぐに用紙代理店さんと相談しました。というのも、紙は代理店さんへ発注して納めてもらうので、万が一、余ってしまうと、代理店さんが在庫を抱えることになってしまう。そこは慎重に進めていましたね。「情報解禁がされていく中で市場の反応を見ながら、追加で対応が必要であれば日々相談をしていきましょう」と落ち着いたのが、3月です。
部数が増えたことでスケジュールも大幅に修正する必要があって、取引先の印刷会社さんや製本会社さんと検討を重ねました。
情報解禁を控えて、宣伝担当はこの時期からチームに加わりました。
4月21日に情報解禁されると大きな反響がありました。
正午に情報解禁をして、17時の段階ですでに想定数をはるかに上回る予約数をいただきました。どんどん積みあがる予約数に歓喜する一方、みんなで「準備していた部数では全然足りない」「お客さんへ届けられない」と冷静になって、「どう対応していきましょうか」と。
ロゴだけの情報解禁にもかかわらず、翌日にはAmazonで売上トップになったんですよ。実物の書影も載っていないのに。
内容も目次もすべて伏せた状態なのに、SNSではすごく考察が盛り上がっていましたね。“生態図鑑”のワードから、予想図を上げてくださっている方もいらっしゃいました。
みなさん、想像をとても膨らませてくださって、期待が伝わってきました!
宣伝としてポケモンにかかわることが業務上多く、ファンのみなさんのポケモン愛を見てきたので、“ロゴだけの最小限の情報から、考察で盛り上がってくれるといいな”とは期待していました。児童書と明確に打ち出しているので、どこまで大人が反応してくれるかは未知数でもありましたが、想定以上の反響もありホッとしました。
あまりの反響に、翌日、とても切実な声でIさんから電話があったのを覚えています。まずは制作と販売で状況を共有し、情報解禁から数日後にこのメンバーで集まって話し合いをすることになりました。
チーム・ポケモン生態図鑑が一堂に会した会議ですね。
流通量が足りないと欠品になってしまう。会議までの数日に資材担当としてできることはないかと考え、市場にあった紙をかき集めて数万部分、追加で確保していました。T.Aさんは、どうすれば増産をもっとスピードアップできるか、製本会社さんと話をして会議に臨んでいました。当日はチームで話し合いをしながら、同時に水面下でチャットも使ってT.Aさんと対策を練っていました。
横でT.Rさんたちがずっとカチャカチャ、カチャカチャ頑張っていました。その内容は後から知ることになるのですが、会議中に対応できる部数がどんどん積みあがっていたんですよ。
書籍は1つの印刷会社さん、製本会社さんにお願いするのが通例だと思っていたので、製本会社を2社体制にするという策に驚きました。
糊の話もありましたね。
本を綴じる糊にこだわらなければ2社に分けられて、作業時間も2分の1に短縮できると見込んで、「糊にこだわりますか?」と相談したんです。
糊が違うことに大きな差はないと聞いて、だったら問題ないですねと、その場で決まりました。
異例の対応が続く中、編集のSさんの柔軟さ、決断の速さがどれほどチームの追い風になったことか……。
会議を終えてすぐ、資材課では重版用の紙を急ぎ確保すべく、追加で大ロットの生産依頼をかけました。ありがたかったのが、紙の代理店さんもポケモンの書籍という事情を考慮して水面下で動いてくださっていたこと。以前に発刊されて大人気だった書籍での経験を踏まえて製紙メーカーさんにアプローチしてくださり、特例として、6月発売の初版の印刷に間に合うように調整してくれました。これは本当に驚くべきスピードなんです。
そのタイミングにさらに追加で紙が見つかった、という嬉しい展開も。
これも紙の代理店さんのお力添えです。メーカーさんは不測の事態に備えて受注よりも余分に作ってくださっているので、おそらく、その在庫を集めてくださった。
社外のネットワークも含めて、チーム・ポケモン生態図鑑が成り立っている。
そうなんです。諸先輩方が築き上げてきた取引先との信頼感があるからこそ、ここぞというときに力を貸してくださることに感謝しました。
用紙の話に出ませんでしたが、もちろん、印刷会社さんなどにも大変お世話になっています。
私は編集担当で本をつくるだけですが、縁の下でこんなにも頑張ってくれていたんだと、実感しました。普段は目にすることのない制作の仕事ぶりに、純粋に“すごいな!”って。編集としても身が引き締まりましたね。
制作の奮闘のおかげで、その日のお昼までに作成可能とされていた部数が、夕方に3倍近くへ跳ね上がった。“昨日までの話と全然違う!(笑)”と衝撃を受けたのを覚えています。長い1日でしたね。
試算を始めた当初からは、想像もつかなかった頼もしい部数で……。反響の大きさに“準備した部数は早くなくなってしまうかもしれない。どうしよう。でも、現状できるだけのことをした。これが人間の限界なんだ”と自分に言い聞かせていたところ、“これでたくさんのお客さんへ届けられる!”とホッとしました。ただそれと同時に、児童書では経験したことのない作成部数への緊張も芽生えてきて、安堵とちょっとした心配がないまぜになったんです。その夜、気持ちがあふれて、おふろで泣きましたもん。
編集の仕事で、書籍完成までに苦労した点はありましたか。
校了直前は会議室へこもって、著者と膝をつきあわせて校了作業に没頭しました。お互いに真剣に本と向き合い、最後の最後まで練り続けたページもあります。たとえば、8~9ページで展開しているチルットの解説。これは行動生態学の大切な視点なんです。それを専門用語を使わずにどう読者に伝えるか。議論を重ねて、校了の何日か前にようやく“いいね!”と納得のいくページに落ち着きました。
専門用語をどう平易な表現に置き換えるか、ということですか?
言葉というよりも、ページ全体の構成、見せ方ですね。“この本はどういう視点でポケモンを調べたの?”という枠組みを平易に伝えるための作業です。著者は、1973年にノーベル医学・生理学賞を受賞した動物行動学者のニコ・ティンバーゲンが提唱する“生物の行動には4つの異なる「なぜ」が存在する”説を読者に伝えたいと考えていて、その伝え方を一緒に考えました。著者と編集のやりとりは通常の書籍でも同様ですが、密度が濃かったぶん、信頼関係が増強された実感がありました。
ポケモンへの愛も、生物への愛も詰まっていることが書籍から伝わってきます。
ずっとポケモンと向き合ってきたので、終盤は何を見てもポケモンにしか見えなくなりましたね。たとえば、ハチが飛んでいれば“あっ、ミツハニーだ!”って(笑)。
表紙をポケモンたちがにぎやかに飾っています。
著者の米原さんとイラストレーターのきのしたさんのアイデアです。ロゴの左側にはウミガメを研究してきたきのしたさんのリクエストでプロトーガを、ロゴの上には鳥を研究してきた米原さんのリクエストでファイアローを加える遊び心も。ちなみにピカチュウはペリッパーのくちばしの中に隠れている1匹だけでしたが、最終的に3匹増えて、プロトーガの上でじゃれあっています。
やっぱりピカチュウはこれくらい目立つほうがポケモンファンの方に喜んでいただけるのでは、と仲間を増やしてほしいとリクエストしました。
裏表紙を飾るのはゴーリキーです。ゴーリキーが杖をついたおばあちゃんの荷物を左手に持ち、右手をそっと、隣を歩くおばあちゃんの背中に添えている。表情から、笑顔で想いを交わしているような、あたたかい空気が伝わってきます。
書影が届いて、このゴーリキーの裏表紙を見た途端、「これ、いいですね!」とSさんに電話しましたよね。
そこは私が提案したアイデアなんです。こうした、人とかかわるポケモンの姿はこれまで見たことがなかったですよね。だから、このイラストにスポットを当てるべきじゃないかな、と。ポケモンの生態を知ってほしい、生き物としての関わりあいを見てほしい、というこの本の趣旨とも合致すると考えました。
私たちはイラストを見る前に“カバーのデザイン寸法は正しいか”“印字の色のかけあわせは問題ないか”など、仕様がまず気になってしまって……(苦笑)。
そうか(笑)。制作に携わっていたら、そこにまず目が向きますよね。
宣伝の立場としては、ゴーリキーのイラストを宣伝物に使うか、実はすごく悩みました。本が発売になった瞬間からSNSでは“このゴーリキーがめっちゃ感慨深い!”などという反響が、ものすごくあがったんですよ。投稿を見れば見るほど、ファンそれぞれのストーリーが心に描かれていると伝わってきて……。ファンだからこそ響く大切な想いが感じられて、宣伝物として触れないほうが良いかなと思ったことを、よく覚えています。人の心に寄り添うイラストなので、商業的な色合いをつけないほうが良いだろうなって。もし宣伝に使うならば、この先、節目のタイミングで“みなさん、こういうポケモンの世界観を知っていますか”という文脈に乗せて広く呼びかけるのはありかもしれない、とイメージしているところです。
6月18日に書籍が発売されると異例の大ヒットとなり、約半年で6刷80万部を突破。部数は伸び続けています。
そもそも発売前から、書店さんからは多数のお問い合わせをいただいていました。書店さんには日頃から小学館の発行する本を幅広く置いていただいているので、話題作を途切れることなく売り場へ届けることも本来は販売の大事な仕事です。ですが、発売前後の盛り上がりを目の当たりにして、“用意した紙が足りずに増刷が追い付かなくなるのでは”と、不安でいっぱいになったんです。
ところが、そんな切羽詰まった状況で、制作から「紙が見つかりました!」と連絡が入ったのが本当にありがたかったです。増刷については何か月も前から計画的に制作が準備を進めてくれていましたが、それでも“まだ何かできないか”と手を尽くしてくれた結果です。粘り強く仕事に向き合う大切さを学びました。
書店さんが“今日入りました!”と在庫状況をSNSに次々投稿してくださったことも、ありがたかったですね。完売が続出していても、“どこかの書店へ行けばあるんだな”と感じられる雰囲気をつくっていただけたことが、とても嬉しかったんです。
おかげさまで、本が発売されてからは宣伝が必要ないほどの反響をいただきました。在庫が安定するまでは売り場での宣伝は控えようと、書店以外の場所で展開していました。
発売後は電車の戸袋やドア横の窓で『ポケモン生態図鑑』のステッカーをよく見ました。
そうですね。戸袋は1か月、ドア横は1週間のスパンでステッカーを更新しました。他にもテレビCMやサイネージ、夏には期間限定で「ポケモン生態図鑑 マチカドミュージアムinシブヤ」と題して交通広告を展開。ヨコ約8.7m×高さ2.0mの特大サイズのパノラマ展示を東急東横線・渋谷駅B4改札で実施しました。
ひと夏を超えて在庫もある程度できてきて、10月頃には書店でも新しい宣伝が展開できるようになりました。新規の宣伝物を送付したり、渋谷の駅イベントを簡素化した“inほんやさん”バージョンといったところです。
「ポケモン生態図鑑 マチカドミュージアムinシブヤ」は、ファンのみなさんがたくさん写真を撮ってくれましたね。宣伝ってこういうイベント的なアプローチも実現できるんだ、と憧れを感じました。
就活生へのメッセージをお願いします!
仕事をしていると、自分がオタク気質だったことがよかったと感じる瞬間があります。ポケモンをはじめ、いろいろなキャラクターと触れ合って育ってきたので、仕事としてポケモンを見たときに、“児童書ではあるけれど、きっと大人にも響く書籍だから、そのぶんの部数も考慮しなければいけないのではないか”と、市場の温度感を予測することが多少はできたかなと……。趣味としての経験が販売の仕事に生かされました。
Iさんが話したように、推し活を含めて、学生時代は好きに楽しいことをやると良いと思います。出版社だからといって文系である必要性はないし、文章がうまい人だけが集まっているかといえば、そうでもない。文章を書くのが好きな人、理系の知識がある人、人付き合いが上手な人……と、それぞれが自分のもっている“好き”や“得意”をもち寄って、1つのプロジェクトを成し遂げるのが会社での仕事だと、私は思っています。自分1人で何かをしようとする人は、その風土に合わないんじゃないかな。
勉強でも趣味でも、“これはいけるかもしれない”という強みが、社会人になって役立つ瞬間がきっとあります。だからこそ、学生時代には好きなことを好きなだけして、豊かな時間を過ごしてください!
私は、“学生時代の経験が思いもよらないところで役立つ”という経験をアルバイトでしました。1か月間だけ、新聞社の広告局でインターンシップをしていたんです。タブロイドの新聞をつくる編集作業のような仕事です。そこで初めて社会の大人と「仕事」を介した経験は貴重でしたし、理系だった自分が出版の世界へ入るきっかけにもなりました。先日、学生の自分を指導してくれた先輩社員と仕事の場で再会して、お互いビックリしました(笑)。
学生時代のアルバイトは社会をのぞく、良い経験になりますね。私も学生時代の4年間、新聞社で手伝いをしていて、かつて担当していた『小学一年生』の話題でその会社の新聞に載ったら、当時お世話になった人たちから山のように“今、どうしてるの?”とメールが届きましたよ。
会社で働いてみてすごく感じるのは、「想像力」の大切さです。チームで仕事をするときには一緒に動いている他の部署の担当者が「今、何をしているか」「何を優先して、どのタイミングで動くか」ということをよく観察して、一歩先を読んで行動できると、スムーズに進行できます。何をすればチームのみんなが仕事をしやすくなるか、それを想像する力です。想像力をもつことで「このタイミングでこの情報が必要なんだな」とわかり、自分のやるべきことも変わります。想像し合うことがどれほど重要か、異例の部数を重ねた『ポケモン生態図鑑』で実感しました。
思い返せば、私も新入社員のときにはまったく想像力を働かせられないまま仕事をしていましたが、最初はそうでも、積極的にかかわることで見えてくるものがあります。社内の仲間、そしてその先の取引先の方まで見通して仕事をすることが、円滑な本づくりにつながると思います。
私は配属されて初めて、出版社に制作という部署があることを知りました。入ってみて感じるのは、わからないことはわからないと素直に伝えて、まわりの人に頼り、学べば、仕事がわかるようになるということです。私は、小学館は総合出版社として幅広い書籍を扱い、国内でもトップクラスの良い本を出せているという自負をもって仕事をしています。書店さんで自分が担当した本を見つけるのは、とっても嬉しいことですよ。ウチの子どもは本好きで、保育園では「これ、ママが紙を用意したやつ!」とお友だちに自慢していました。『ポケモンずかんドリル』はみんなやっているので、「ぼくのママが作ったんだ!」って(笑)。
お子さん、かわいい。制作は紙の手配や進行管理、原価の計算や仕組みを考えるなど地味ではありますが、自分が培ってきた経験値や知識をもとに、「この内容の本なら、こういう仕組みや紙はどうですか」と編集部に提案する機会もあります。実は担当者によって、できあがった本の形に違いが出てくるものなのです。自分の案が採用されて、「おかげで良いものになったよ」と言われる瞬間はやりがいを感じますよ。
制作として、胸が熱くなる瞬間です。