SPECIAL TALK 02 マクドナルド『ほんのハッピーセット』
コラボレーションがつなぐ

「クライアント」「出版社」「作家」「読者」の
“幸せ”な関係

広告、編集

2018年8月にスタートした『ほんのハッピーセット』。日本マクドナルドと小学館のコラボキャンペーンは3年目を迎え、絵本と図鑑の累計配布数は2000万冊を超えています。
根強く支持されるこの取り組みは、「クライアント」と「出版社」のみならず、携わる様々な人にWin-Winの関係を広げています。日々変化し続ける出版ビジネスの今後を、企業と小学館をつないだ広告局の担当者と、絵本のコンテンツづくりを担った編集者の目線から紐解きます。

トークメンバー

広告

河村 英紀 HIDEKI KAWAMURA

広告局
デジタルメディア
営業センター

編集

中村 美喜子 MIKIKO NAKAMURA

第一児童学習局
『幼稚園』

広告

小島 淳志 ATSUSHI KOJIMA

小学館
メディアプロモーション

小学館のもつ「資産」で、すべてのステークホルダーをハッピーに

小島

小島

『ほんのハッピーセット』は2020年11月の配布分で第16弾を数えました。ここまで長く続くと、第●弾と呼ぶのも大変になってきます。それだけ、クライアントであるマクドナルドさんに価値を感じていただけているということだと思います。
「Win-Win」と言葉にするのは簡単ですが、どこかに歪みがあると長期的には続きません。先方の抱いている課題や置かれている状況を考えながら、「こうできると理想かな」「でもそのためにはこんなハードルがあるな」と、想像力を働かせながら社内外の連携を重ねたことが、結果につながったと思っています。

これまでに配布されたさまざまな「ものがたり」。
河村代田

河村

そもそも、今回のコラボレーションが「出版社の広告ビジネス」だとイメージするのは難しいですよね。
ただ、現実に出版社の広告ビジネスの有り様はここ10年ほどで激変しました。スマートフォンの普及や生活のデジタル化があり、さらにコロナ禍で社会全体のデジタルトランスフォーメーションが加速しています。かつて、雑誌の1ページという「スペース」売りがメインだった出版社の広告ビジネスは、今は、各編集部や雑誌ブランド、メディアブランドがもつさまざまな特徴や強みといった「アセット=資産」を活用して、クライアントの要求に応えるトータルソリューションサービスへと変貌しています。

小島

小島

言葉にすると難しいですね(笑)。

河村代田

河村

確かに。今回のコラボレーションはいい例で、編集のノウハウや作家との信頼関係、脈々と受け継がれてきた絵本づくりへの考え方が出版社としての「資産」です。それを活用して、マクドナルドさんにとっても、小学館にとっても、さらに実際に絵本を手に取る子どもたちや作家の方々にとっても、携わるすべてのステークホルダーがハッピーになれる理想のプロジェクトと言っていいと思います。

コラボレーションのきっかけは?

小島

小島

スタートは2018年ですが、実際に話が進み出したのはさらにその1年ほど前です。別の仕事でお付き合いのあったPR会社の方から相談をもちかけられたのがきっかけでした。「ハッピーセットで図鑑を配布したい」というもので、その後同様に絵本もという話がありました。図鑑については『小学館の図鑑NEO』をベースにミニブックを制作してほしいという依頼だったので、その時点である程度想像がついたのですが、絵本に関しては「ぜひ書き下ろしで」ということでした。
デジタルメディアの担当をしていたので、実は「絵本を作ってほしい」という依頼はかなりの変化球(笑)。さてどうしたものかと社内でいろいろと相談した結果、『幼稚園』編集部の中村さんにお願いすることになりました。

中村

中村

実は、幼児向け絵本の経験はほとんどなかったのですが、長く子ども向けコミックの部署でキャリアを積んできたので、物語や設定、キャラクターなどゼロから作品をつくる「書き下ろし」ということには、不思議なほど抵抗はありませんでした。むしろ上長が「とてつもない話があるぞ!」と意気込んでいて、私自身も、チャレンジングではありますがやらせてもらえるならぜひ!という気持ちでした。もともと、絵本がやりたくて入社したくらい、絵本が好きだったということもありましたし。
現在の出版業界は、子ども向けの絵本は好調だとされています。ですが、ごく一部の限られた作家や作品がブームを牽引しているという側面もあります。実際、絵本の初版部数と言ったら、5000部くらいは一般的です。
それに対して、今回のコラボレーションは思わず二度見してしまうくらいの大きな部数で、それが約2900もの全国のマクドナルド店舗で配布されるわけですから、作家の方々にとっても素晴らしい機会だと思います。

小島

小島

はじめは中村さんに作家のリストアップをしてもらってマクドナルドさんに提案したり、逆にマクドナルドさんからご指名をいただいた作家に中村さんから打診したりしていました。

中村

中村

過去に小学館としてお付き合いがあった方もいれば、初めましての方もいますね。最近は作品を自身のサイトで発信している方もいるので、こまめにリサーチするようにしています。これをきっかけに、この先20年、30年と小学館で絵本を描いていただける関係を築けたらいいですよね。
立ち上げ当時は、とにかくタイトなスケジュールが大変なポイントでした。絵本作家の場合、オファーから実際に手掛けていただくまでに●年間といったことも少なくなくて、そこに「●か月後でお願いします!」というのは、かなり非常識なお願いだと自覚しつつ、作家の方の熱意と愛情に毎回助けられています。配布する部数がとても多いので、印刷や製本にも時間がかかります。「責了」と言って、最終チェックが終わってから実際に配布されるまでに半年ほど必要で、そういったサイクルは通常の本づくりとは少し異なる点かもしれません。

「クライアントの考えるコンセプトを愚直に守る」だけではない

河村代田

河村

私たちは日々、担当している雑誌やWeb媒体の広告メディアとしての価値をクライアントや広告会社に訴えるための営業活動を行っています。営業活動の結果、小学館はコンテンツづくりに強みをもつ会社なので、タイアップ広告の制作を依頼されることが多いです。
ただ、実際の制作は編集部が担いますので、広告局の担当者はクライアントや広告会社と編集部との間に立ち、調整役として、お互いの希望を最大限叶えるために頑張ります。時にはうまくいかないこともあります……(苦笑)。
当然、小学館の人間として、つくり手である編集部の考えも大切ですが、そこに寄り添いすぎてもいけません。広告を出稿しているクライアントの思いやニーズも汲んで伝えなくてならず……、これはもうコミュニケーションです! 編集部とクライアント、そしてその先にいる読者や生活者の“三方良し”になる形を実現するのは難しいことですが、それが叶ったときの喜びは格別です。
いま、広告ビジネスがますます多様化かつ複雑化していますので、私たちは自分が担当しているメディアについては“ビジネス面での編集長”という気持ちで、メディアの「資産」を活用して、どうすればクライアントや読者に喜んでもらえるかを模索しながら営業活動を行っています。

小島

小島

担当メディアや各媒体の強みなどは、部署内で定期的に情報共有しています。また、クライアントや広告会社に対して「媒体資料」を示して働きかけることもあります。これは発行部数や読者層など、メディアに関する基本的な情報をまとめたものですが、最近大切にしているのは、編集長の紹介です。SNSが普及し作り手の思いが問われる時代に、どんな人がどんな思いでそのメディアを作っているのか。そこをクライアントも重要視しているので、しっかり伝えるようにしています。
そのうえで、クライアントが抱えるニーズに応え、問題点を解決する方法をオーダーメイドで作り上げ提案していくのが、広告担当者の業務であり、腕の見せ所です。

メディア情報がまとめられた「媒体資料」。

『ほんのハッピーセット』の場合はどうだったのでしょう?

小島

小島

マクドナルドさんが描いていた大きなコンセプトは、心を育てる「徳育」。子どもの健やかな成長と、絵本を通じて親子の絆を作るお手伝いをするブックプロジェクトということでした。
ただ、一般的にコンテンツマーケの世界は宣伝色が強いものが多いのですが、今回はコンセプトから外れなければ比較的作り手に裁量があったように思います。

中村

中村

確かにそれほど縛りを感じたことはありません。それこそはじめのころは、「社会性」とか「思いやり」といったキーワードを強く意識していました。ストーリーがしっかり描かれている物語性のあるものですね。一方で、途中からくすっと笑えるエンターテインメントを柱に据えた内容の作品も提案していきました。少し戸惑いもあったようですが、作家がその作品に込めた思いを伝えたら、マクドナルドさん側も「おもしろい!」と理解を示してくれました。そこから内容の幅が広がった気がします。
マクドナルドさんからはコンセプトをもらっていますが、一方で作品をどう受け取るかは読み手の自由です。「作り手が最初から強い方向付けをすべきでない」という意識を共有できていたのも大きかったと思います。

小島

小島

クライアントの考えるコンセプトを愚直に守るだけではなく、テーマ性を広げることも含め「読み手にとってよりよいものを」ということを追及して改善していったから、ここまで多くの方に受け入れられたのだと思います。

どのように絵本の制作が進んだのでしょうか?

中村

中村

実際の編集方法はというと、作家によりけりという面が強いです。執筆ペースも、少しずつ描く方もいれば、集中的にという方もいます。簡単な概要や登場するキャラクターなどは、最初に大まかに詰めます。と言っても、その過程も作家次第で、最初からきっちり形ができている方もいますし、直しをしていく中で形づくる方もいます。
変わらないのは、編集という立場から自分の考えを伝えること。「こうすればもっとおもしろくなるのでは?」とか「ここはわかりにくい」などと思ったことは必ず伝えます。正しいかどうか、受け取ってもらえるかどうか、といったことは実はこの時点では気にしていません。とにかく、それを言わないのは編集者として怠慢だと思っているからです。なにより、読者に最高のものを届けようとしている作家に失礼だと思うんです。

小島

小島

そうして練り上げられたお話をラフ段階でマクドナルドさんにチェックしてもらうんですが、質問はあれども修正のお願いというのはほとんどなかったと記憶しています。

中村

中村

むしろ読者目線の意見にハッとさせられたことがたくさんあります。作り手側の私たちが無意識のうちに、普段から絵本に親しんでいないとうまく伝わらない表現をとっていたりしていました。それに対して読者の入り口としての感想をもらうことで、新たな発見もありました。作家の方にとってもありがたい指摘だったと思います。
加えて、マクドナルドさんがお客様アンケートでとる膨大なデータも作品づくりの参考になりました。アンケートは月1度くらいのペースで定期的に行っているそうですが、絵本にパズルをつけるといったバージョンアップは、そのデータを踏まえた試みです。

アンケート結果を反映した特製パズル。

コラボレーションをきっかけに作家を知り、書店に足を運んだ人も

小島

小島

広告ビジネス発のコンテンツだったからこそ、2020年の8月に読み聞かせ動画のDVDを作成し、全国のマクドナルドで配布ができたということもあります。映像化まで携わることができたのは広告担当冥利に尽きます。
さらに、タイアップ広告へのセールスといった本来の広告ビジネスへの派生の取り組みがあるという点もやりがいとして挙げられます。また、絵本はドナルド・マクドナルド・ハウスという、病気などで入院している子どもやその家族の宿泊施設に寄付されたりしています。「メディアブランド」の観点からもそういった取り組みはとても大切です。

特別配布されたスペシャルDVD。
中村

中村

作家にとってのメリットは先ほどお話ししましたが、このコラボレーションから単行本の発売につながった例もあります。第2弾で配布された『ねんねこ』は、多くのマクドナルド店舗で品切れになり、配布から約2年後に単行本化しました。購入者には、「ハッピーセットで配布された絵本を持っている」という人がかなりいます。『ねんねこ』に限らず、今回の企画をきっかけにその作家のことを知り、書店に足を運んでみたという方もいて、作家と読者の未来の新しい関係を生む機会にもなっています。
近くに書店がなかったり、書店に足を運ぶ習慣がなかったり、あるいはお子さんが幼くてゆっくり書店で絵本を選ぶ時間がなかったり……さまざまな理由で、私たちの普段の出版活動ではコンテンツを届けられない読者がいます。そんな方にとっては、気軽に絵本に触れられる機会を作れたことはとても素晴らしいことだと思いますし、企業とのタイアップだからこそ実現できることは、まだまだたくさんありそうです。

店頭で品切れになった『ねんねこ』(左)が、のちに単行本化(右)。
小島

小島

今後、マクドナルドさんとしても『ほんのハッピーセット』をもっとメジャーにしていきたいとお話をいただいています。それに応えるためにも、どんどんバージョンアップをしていきたいです。総合出版社である小学館ならではのおもしろさや魅力をお伝えしていければと思います。

河村代田

河村

総合出版社が発信する幅広いジャンルの信頼できるコンテンツが小学館の強さだと考えています。紙、デジタルを問わず小学館は子どもからシニアまで幅広い読者を対象にしたありとあらゆるメディアをもっています。そのうえ、プロの編集者がしっかりしたコンテンツをつくり続けている。それを、クライアントや広告会社、その先にいる読者、生活者にしっかり届けていくことが広告営業をしている私たちに課せられた使命です。
デジタル化が進むと「出版社は厳しい」とか「業界がシュリンクしている」と言われることもありますが、むしろデジタル化によって生活者のコンテンツ消費量やメディア接触の機会は増えているわけで、逆にビジネスの可能性は広がっていると考えています。

小島

小島

伝え方や伝え先が変わっているだけで、一次メディアとしてのコンテンツ力は求められ続けています。それをどう組み合わせて、生活者に届けるかの設計をすることが、出版社の広告ビジネスの楽しみですね。

日本マクドナルド株式会社・ご担当者さま

『ほんのハッピーセット』は、マクドナルドの規模を活かして、社会に寄与する活動を行うことが企業としての責任であるという考えから、「お子さまの健全な成長を願う様々な取り組み」を行っていることが背景にあります。その中でも幼少期の読書習慣は、知育、徳育、情操教育の観点から非常に重要だと言われています。
一方で、マクドナルドを利用する保護者の方からは、子どもを本に触れさせることに苦労する声も挙がっていました。このような理由から、ハッピーセットで本を提供することで、子どもたちがより気軽に本を読む機会と親子で過ごす時間をつくるサポートをできたらという思いで、導入を決定しました。
小学館さんのご協力のおかげで非常に質の高い内容となっており、実際に「クオリティに驚いた」「おかげで子どもが本好きになった」など多くのポジティブな意見が寄せられています。また社内からもその意義に共感し、いいプログラムだという声が聞こえています。